私は思春期の頃からずっと、自分は何モノなのか、を問い続けてきました。
何モノかになりたかった。
私は間違っていて、外堀を埋めようとしました。
何かを得れば、何モノかになれると思っていた。
書く絵、字、文章、聴く音楽、着る服、私しかできない仕事、
そんなものがあれば、「●●といえば、ヨシダさんだよね」と言われるよう、
探し続けてきました。
でも、いくら探しても、そんなものはなかった。
私は整体の仕事をするようになりました。
整体といえばヨシダさんだよねと言われるように、たくさん勉強しました。
でも、意識の奥の奥のほうでは、そんなふうに思ってないんです。
わかってしまって、落ち込む。
じゃあ、整体じゃないのかもしれない、あれかもしれない、これかもしれない、
たくさん本を読んでみました。行けるだけのワークショップにも行ってみた。
●●といえばヨシダさん、と言われるようになることを前提とした勉強なんて、
たいした収穫ないんです。
それでもある程度お客さんが喜んでくれて、そこそこ役に立ってるんだなと思えるようになって、やっと本だのスピリチュアルリーダーさんなんかが言ってるような、探しているものは外にはない、ということが腑に落ちてきました。
そのあたりからでしょうか、セラピスト、という括りに違和感というか、嫌悪感が生じ始めた。私があまりにもセラピスト、というものから遠くにいるからかもしれない。
一方、セラピスト意識がないのは、セラピーする人としてはよくないね、というお話も納得がいく。誰が受けたいかね?私セラピストじゃありません、という人の施術を?
とはいえ、たくさんのライトワーカーさんたちの、「あなたが◎◎になっていくお手伝い」というウェブサイトも見れなくなってきた。一体私のなかの、なんのこだわりだろう?嫉妬だろうか?
結局それは、11月3日の日蝕の日、ひとつ明らかになりました。
練習として2つのセッションを受けましたが、
別々の人にしてもらったにも関わらず、明らかになったのはまるで同じテーマだった。
私は、私の本質に、戻りたかったのです。
私の本質とは、誰でもない人。わたしは、ただ存在してる人。
過去の記憶や観念や趣味趣向からできあがっているヨシダヨウコという人間から、
自由になりたかった。
40年をかけ創りあげてきた私を、私という反応を、私は手放すことにしました。
なんだろう、セッションのおかげかな、私は、一度なくなった、と
感じています。具体的にどうとかわからないし、私には未熟な人間関係があるので、
そのときは戻ってしまうのだけど、でも、あ、終わったんだ、と感じた。
セッションをしてくれたTちゃん、Kちゃん、そしてNさんにありがとう。
私は、誰でもない人です。
私は、ただ存在している人です。
メッセージはありません。素敵な言葉は持ってません。
できる仕事はなんでもします。
今ここにいるだけの人に私はなりたい。
2013年11月7日木曜日
2013年10月17日木曜日
パーカー第二章
私はパーカーが大好きな40代女性です。
しかし、40を越えると、パーカーが似合わなくなります。
このあいだ再婚した友人のパーティーで、
服を選ぶのが難しい!!なんて話で盛り上がり、
別口でfacebookでも盛り上がりました。みんな思ってるんだな…。
なんかね、服屋に入って、わ、これかわいいって思って自分に当てて、鏡をみたときのガッカリ感ですよ。当てた服から顔が浮いてる。いや浮いてるのは服か…どちらにせよ、合ってない…という。こんなの繰り返していたら、服屋にも行かなくなるってもんです。
私最近平気で、部屋着で街に出かけるようになり、外で待ち合わせた母に、「やめて!!」と言われたばかりです。
とりあえず好きな服を着ていくしかないよね、だって好きなんだから、という、
パーチーではそういう流れになり、パーカーをいかに着こなしていくか、
そうキミは今パーカー第二章にはいったんだ!という結論になりました。
パーカー第二章か…。
中医学によると、女性は7の倍数、男性は8の倍数でカラダに変化が表れると言われております。腎経がつかさどるホルモンのバランスが年齢とともに変わっていって、こういった節目に変化を感じやすいっていう話です。
イヤ本当に、そういう話を知らない人で、私より先に40を駆け抜けていった先輩方が、
「ちょっと、42っていうのが、すごいからね、もうすんごいからね、覚悟するんだよ!」って言うわけですよ。
「これアタシのからだ〜〜〜〜!?」ってくらい言うこときかないんだよ!
だそうです。
まあ私はいまここで中医学からみた年頃の女性がカラダに気をつけることとかを書くつもりはなくってですね、それは養●酒のホームページとか参考にしてもらって、
今わたしぶっちゃけよんずーいちなんですけど、若干老化早いかなと。
不摂生のせいですかねえ…整体師のくせにね。人には言うんですけど(笑)
というのは結構若く見られがちだったんですよ。力もあったし。
でも今3年の年月が一瞬で来た、みたいな違和感を味わってます。
これはやばいし、整体師がこれではクライアントに顔が立たない。
ちょっと、褌を締め直し、出直してこなあかん、と思いました。
パーカー第二章、
整体師第二章、
ですな。
しかし、40を越えると、パーカーが似合わなくなります。
このあいだ再婚した友人のパーティーで、
服を選ぶのが難しい!!なんて話で盛り上がり、
別口でfacebookでも盛り上がりました。みんな思ってるんだな…。
なんかね、服屋に入って、わ、これかわいいって思って自分に当てて、鏡をみたときのガッカリ感ですよ。当てた服から顔が浮いてる。いや浮いてるのは服か…どちらにせよ、合ってない…という。こんなの繰り返していたら、服屋にも行かなくなるってもんです。
私最近平気で、部屋着で街に出かけるようになり、外で待ち合わせた母に、「やめて!!」と言われたばかりです。
とりあえず好きな服を着ていくしかないよね、だって好きなんだから、という、
パーチーではそういう流れになり、パーカーをいかに着こなしていくか、
そうキミは今パーカー第二章にはいったんだ!という結論になりました。
パーカー第二章か…。
中医学によると、女性は7の倍数、男性は8の倍数でカラダに変化が表れると言われております。腎経がつかさどるホルモンのバランスが年齢とともに変わっていって、こういった節目に変化を感じやすいっていう話です。
イヤ本当に、そういう話を知らない人で、私より先に40を駆け抜けていった先輩方が、
「ちょっと、42っていうのが、すごいからね、もうすんごいからね、覚悟するんだよ!」って言うわけですよ。
「これアタシのからだ〜〜〜〜!?」ってくらい言うこときかないんだよ!
だそうです。
まあ私はいまここで中医学からみた年頃の女性がカラダに気をつけることとかを書くつもりはなくってですね、それは養●酒のホームページとか参考にしてもらって、
今わたしぶっちゃけよんずーいちなんですけど、若干老化早いかなと。
不摂生のせいですかねえ…整体師のくせにね。人には言うんですけど(笑)
というのは結構若く見られがちだったんですよ。力もあったし。
でも今3年の年月が一瞬で来た、みたいな違和感を味わってます。
これはやばいし、整体師がこれではクライアントに顔が立たない。
ちょっと、褌を締め直し、出直してこなあかん、と思いました。
パーカー第二章、
整体師第二章、
ですな。
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| 今のお気に入り。右はちょう着心地がいい。値段は張ったけど縫製も丁寧で丈夫!左は、冬になると週5日は着てるやつ。これなしでは本当に生きていけない。 |
2013年10月2日水曜日
洛中人は桓武天皇の夢を見るか(本当にどうでもいいはなし)
京都市内に住む人(特に高齢者)にとって、
「先の戦争」といえば「応仁の乱」を指すと
笑い話のように言われていることは、実に本当の話です。
私が京都市内で整体のお店をしていたころ、
その地区の交通安全委員会に参加していました。
ちなみにあのあたりの自治会のメンバーは本当に高齢者ばかりで、
一度役がついたらほぼ終身、死んだので交代、というほど
人材がいません。いや、いるんだけど、若い人や市内に商売に来ている人たちは、
全く参加しないようで…
若い奴らが町づくりせな、地域の安全廃れまっせ…と老婆心ながら思う私。
東北の震災があって1年ほど経った頃だったか、何かの集会のときに、
その地震の話になって、交通安全委員会のお年寄りたちは、
「あのようなひどいこと思たら、京都は恵まれてまんなあ…
ほんま、カンムさんに感謝せんとなあ…」
それはそれはしみじみと話し合っておられました。
わたしも、ソウデスネ〜など話を合わせながら、
「カンムさんて誰やったかな…市長さんやったかな…」
正解:【桓武天皇】
794年平安京へ都を遷した天皇。風水学的に最高の吉相な土地をして、
風水や気学をガチガチに取り入れて厄災に強い都を作りました。
京都人の歴史観ハンパなし!!
愛犬フクちゃんの介護をしているとき、
もう本当に最期のほうで、苦しみ始めた時期。
彼女のからだをさすってさすって、ようやく痛み落ち着き
うとうとしはじめた、時間はたしか丑三つ時よ。
するどい地震が起こったわけです。
あれは…
あれにはぞっとした…
私はそのとき思わず、
「頼むで桓武さん!」と言ってしまいました。(←いろいろ間違っている)
わたしなんて洛外人ですから、普段から桓武天皇に感謝などしたことないけど、
京都市内に住む人は(若い人はわかんないけど)、
割とふだんからそうやって、京都の土地に感謝しながら暮らしているもんなのかな。
とふと思った。
ってここまで書いて、よく考えたら平安時代だって
厄災疫病にそうとう見舞われているよね…?
鴨川もよく氾濫したらしいし…。
ちなみに私はカンムさんが打ち捨てた
長岡京出身です(笑)。
「先の戦争」といえば「応仁の乱」を指すと
笑い話のように言われていることは、実に本当の話です。
私が京都市内で整体のお店をしていたころ、
その地区の交通安全委員会に参加していました。
ちなみにあのあたりの自治会のメンバーは本当に高齢者ばかりで、
一度役がついたらほぼ終身、死んだので交代、というほど
人材がいません。いや、いるんだけど、若い人や市内に商売に来ている人たちは、
全く参加しないようで…
若い奴らが町づくりせな、地域の安全廃れまっせ…と老婆心ながら思う私。
東北の震災があって1年ほど経った頃だったか、何かの集会のときに、
その地震の話になって、交通安全委員会のお年寄りたちは、
「あのようなひどいこと思たら、京都は恵まれてまんなあ…
ほんま、カンムさんに感謝せんとなあ…」
それはそれはしみじみと話し合っておられました。
わたしも、ソウデスネ〜など話を合わせながら、
「カンムさんて誰やったかな…市長さんやったかな…」
正解:【桓武天皇】
794年平安京へ都を遷した天皇。風水学的に最高の吉相な土地をして、
風水や気学をガチガチに取り入れて厄災に強い都を作りました。
京都人の歴史観ハンパなし!!
愛犬フクちゃんの介護をしているとき、
もう本当に最期のほうで、苦しみ始めた時期。
彼女のからだをさすってさすって、ようやく痛み落ち着き
うとうとしはじめた、時間はたしか丑三つ時よ。
するどい地震が起こったわけです。
あれは…
あれにはぞっとした…
私はそのとき思わず、
「頼むで桓武さん!」と言ってしまいました。(←いろいろ間違っている)
わたしなんて洛外人ですから、普段から桓武天皇に感謝などしたことないけど、
京都市内に住む人は(若い人はわかんないけど)、
割とふだんからそうやって、京都の土地に感謝しながら暮らしているもんなのかな。
とふと思った。
ってここまで書いて、よく考えたら平安時代だって
厄災疫病にそうとう見舞われているよね…?
鴨川もよく氾濫したらしいし…。
ちなみに私はカンムさんが打ち捨てた
長岡京出身です(笑)。
2013年9月27日金曜日
愛犬を看取る‥その2
愛犬があの宇宙一可愛らしい体を卒業してしまってから、
ひと月が経とうとしています。
おととい、界隈に住んでいた彼女(愛犬のことね)のお母さんが亡くなったそうです。
その家の息子さんが、亡くなったその日に、母に報告に来てくれたそう。
母はその話を聞いて、ああ幼い頃に引き離されたお母さんと、会って一緒に過ごすことができるんだな、と思った途端、その息子さんの前にも関わらず号泣したらしい。
母は自分でも、なんであんなに泣いたろう…フクが死んだときにもあれほどは泣かなかったのに、と不思議がっていました。
もう少しさかのぼって、フクちゃんが逝ってから1週間ほどしたとき、
ヒーリングタッチとフラワーエッセンスとシンボリックリーディングのプロである、大好きな女性真木さんから連絡がありました。
彼女は関東にお住まいですが、「今京都にいるからお茶できないか?」と誘ってくれたのです。彼女は旅するようにお仕事をしてらして、私の理想でもあるのですが、今回はプライベートで行きたい所があっていらしたとのこと。うれしいけれど、意外な気もしたんですよね。で会ってみたらね、フラワーエッセンスの「Grief Relief」を私にくださったんです。愛するものを亡くしたときにはこれだよ!たくさん使ってね!って…。
京都行って会えたら、渡そうって、京都に来る前から用意してくれたんだな、他にお声がけしたい友人も居たろうに…って思うと、感激したんだけど、私、そのときはまだ、自分は大丈夫だって思ってたんですよね。幸せな体験があるから大丈夫。あの愛の交流が本物だから大丈夫って。悲しいけれど、打ちのめされているわけではないって。
そしたら面白いことに、それを受け取って家に帰る道すがら、ものすごくつらくなってきました。悲しい、ごめんなさい、ごめんなさい、もっと幸せにしたやりたかった、私の家じゃなければもっと幸せだったかもしれない、ごめんなさい、そんな思いが腹の中から溢れ出てきた。
そして今もそれを繰り返しています。
母も私も、まだ悲しみきっていないんでしょう。
本当に私たちが何の罪悪感もなく幸せな思い出にするには、
とことん悲しみ尽くすしかないのかもしれない。
そして今回感じたのは、それぞれのもともともっているトラウマというか、まだ癒されていないテーマが一緒に浮上しているんだなということ。
確かキネシでもそう教わったような。
何かがあって感情を揺さぶられるのは、あなたの記憶を揺さぶっているんだと。
私はだから、フクが教えてくれる私の罪悪感について、
とことん向き合ってケアしていこうと思っています。
ひと月が経とうとしています。
おととい、界隈に住んでいた彼女(愛犬のことね)のお母さんが亡くなったそうです。
その家の息子さんが、亡くなったその日に、母に報告に来てくれたそう。
母はその話を聞いて、ああ幼い頃に引き離されたお母さんと、会って一緒に過ごすことができるんだな、と思った途端、その息子さんの前にも関わらず号泣したらしい。
母は自分でも、なんであんなに泣いたろう…フクが死んだときにもあれほどは泣かなかったのに、と不思議がっていました。
もう少しさかのぼって、フクちゃんが逝ってから1週間ほどしたとき、
ヒーリングタッチとフラワーエッセンスとシンボリックリーディングのプロである、大好きな女性真木さんから連絡がありました。
彼女は関東にお住まいですが、「今京都にいるからお茶できないか?」と誘ってくれたのです。彼女は旅するようにお仕事をしてらして、私の理想でもあるのですが、今回はプライベートで行きたい所があっていらしたとのこと。うれしいけれど、意外な気もしたんですよね。で会ってみたらね、フラワーエッセンスの「Grief Relief」を私にくださったんです。愛するものを亡くしたときにはこれだよ!たくさん使ってね!って…。
京都行って会えたら、渡そうって、京都に来る前から用意してくれたんだな、他にお声がけしたい友人も居たろうに…って思うと、感激したんだけど、私、そのときはまだ、自分は大丈夫だって思ってたんですよね。幸せな体験があるから大丈夫。あの愛の交流が本物だから大丈夫って。悲しいけれど、打ちのめされているわけではないって。
そしたら面白いことに、それを受け取って家に帰る道すがら、ものすごくつらくなってきました。悲しい、ごめんなさい、ごめんなさい、もっと幸せにしたやりたかった、私の家じゃなければもっと幸せだったかもしれない、ごめんなさい、そんな思いが腹の中から溢れ出てきた。
そして今もそれを繰り返しています。
母も私も、まだ悲しみきっていないんでしょう。
本当に私たちが何の罪悪感もなく幸せな思い出にするには、
とことん悲しみ尽くすしかないのかもしれない。
そして今回感じたのは、それぞれのもともともっているトラウマというか、まだ癒されていないテーマが一緒に浮上しているんだなということ。
確かキネシでもそう教わったような。
何かがあって感情を揺さぶられるのは、あなたの記憶を揺さぶっているんだと。
私はだから、フクが教えてくれる私の罪悪感について、
とことん向き合ってケアしていこうと思っています。
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| うおおおおーーーかわうぃうぃーーーーー |
2013年9月4日水曜日
愛犬を看取る
少し前に、15歳と9ヶ月の愛犬を看取りました。
助からない、と宣告受けて約1ヶ月後でした。
大往生と言って頂くこともありますが、
界隈にまだ彼女の母親と妹が、
ヨボヨボながらも健在なことを思うと複雑な思いもあります。
でも、最期の、あのやさしい日々を思い出すと、
せつないけれども、とてもとても幸せです。
私を知る人なら、誰でも、私がペットロスになることを心配するだろうと思うし、
私自身、自分はダメだろう…すごく傷ついて、
とてもじゃないが耐えられるとは思えない…と思ってきました。
彼女は最期の日々で、ずっと私を癒してくれていたのだと今思います。
私には、首輪とリードで拘束するということがどうしても非道に思え、
そのことにも罪悪感がずっとありました。(晩年はリードをとりましたが)
そのことを思うと、やはり胸が苦しくなります。
でも、どう表現したら一番いいのかわからないけれど、
確かに最期の日々、私たちのいのちがつながっているのを感じました。
彼女は私で、私は彼女で、分け隔てするものはないんです。
だから彼女が肉体を去っても、いつも一緒にいるんだなあということが、
なんだかわかってしまったんだなあ。。。
特に最期の2日間は苦しませてしまいましたが、
私は許されているのがわかりました。
やさしいやさしい命、美しく、愛おしい命!
なんて美しいんだ!
彼女の顔はいつも穏やかで、笑っているみたいでした。
お箱に入ったときも、いい夢を見て眠っているようでした。
まだ感情的になって悲しい涙があふれることもあります。
私の表面にはさみしさや失ったダメージや悲しさが少し層になっています。
(罪悪感は、少し根深いと感じます。これは、おいおいセラピーするつもり)
そりゃあ命が一緒だって、もうあのすばらしい肉体を抱きしめることができないのだから、当然です。モフモフしたい…モフモフしたいよう〜〜〜!
ちなみに私は彼女の香りをとても愛していて、
それを嗅げないことがストレスです…。
形見にとっているハーネスにまだ匂いが残っているのを今朝発見。
スハスハしてやりましたとも…(涙)
香ばしいアーモンドのような、天日に干した布団のような匂いがしたんだなあ。
…………。
…それはさておき、
だから私は、ちょっとグランディングが怪しく、ぼーっとする時間が
たしかにかなり増えましたが、それでも、大丈夫だとわかります。
彼女がわたしたちと、愛でつながったことの体験が、そしてそれは死なないということの理解が、私を支えてくれています。
それでも、私を気遣い、やさしい言葉をかけてくれる人には
心からうれしく思います。ただ見守ってくれている人もいるとおもいます。
あたたかい気持ちが伝わってきます。
本当に、どうもありがとう。
ふくちゃん、ありがとう〜!愛してるよ〜〜〜〜!
助からない、と宣告受けて約1ヶ月後でした。
大往生と言って頂くこともありますが、
界隈にまだ彼女の母親と妹が、
ヨボヨボながらも健在なことを思うと複雑な思いもあります。
でも、最期の、あのやさしい日々を思い出すと、
せつないけれども、とてもとても幸せです。
私を知る人なら、誰でも、私がペットロスになることを心配するだろうと思うし、
私自身、自分はダメだろう…すごく傷ついて、
とてもじゃないが耐えられるとは思えない…と思ってきました。
彼女は最期の日々で、ずっと私を癒してくれていたのだと今思います。
私には、首輪とリードで拘束するということがどうしても非道に思え、
そのことにも罪悪感がずっとありました。(晩年はリードをとりましたが)
そのことを思うと、やはり胸が苦しくなります。
でも、どう表現したら一番いいのかわからないけれど、
確かに最期の日々、私たちのいのちがつながっているのを感じました。
彼女は私で、私は彼女で、分け隔てするものはないんです。
だから彼女が肉体を去っても、いつも一緒にいるんだなあということが、
なんだかわかってしまったんだなあ。。。
特に最期の2日間は苦しませてしまいましたが、
私は許されているのがわかりました。
やさしいやさしい命、美しく、愛おしい命!
なんて美しいんだ!
彼女の顔はいつも穏やかで、笑っているみたいでした。
お箱に入ったときも、いい夢を見て眠っているようでした。
まだ感情的になって悲しい涙があふれることもあります。
私の表面にはさみしさや失ったダメージや悲しさが少し層になっています。
(罪悪感は、少し根深いと感じます。これは、おいおいセラピーするつもり)
そりゃあ命が一緒だって、もうあのすばらしい肉体を抱きしめることができないのだから、当然です。モフモフしたい…モフモフしたいよう〜〜〜!
ちなみに私は彼女の香りをとても愛していて、
それを嗅げないことがストレスです…。
形見にとっているハーネスにまだ匂いが残っているのを今朝発見。
スハスハしてやりましたとも…(涙)
香ばしいアーモンドのような、天日に干した布団のような匂いがしたんだなあ。
…………。
…それはさておき、
だから私は、ちょっとグランディングが怪しく、ぼーっとする時間が
たしかにかなり増えましたが、それでも、大丈夫だとわかります。
彼女がわたしたちと、愛でつながったことの体験が、そしてそれは死なないということの理解が、私を支えてくれています。
それでも、私を気遣い、やさしい言葉をかけてくれる人には
心からうれしく思います。ただ見守ってくれている人もいるとおもいます。
あたたかい気持ちが伝わってきます。
本当に、どうもありがとう。
ふくちゃん、ありがとう〜!愛してるよ〜〜〜〜!
2013年8月26日月曜日
サレンダーでなく、
サレンダーでなく、ギブアップ
最近のワタシはそういう境地です。
自分が自分の期待に応えないとき、どうしますか?
あきらめない?
人の言動で忌々しい反応をやめられない自分や、
今度こそ、正直に自分の思ったことを言うんだ、今度こそ、
ハートからずれたことを言って、その場をやりすごすことはしないんだ、
と決めた自分を見事に裏切った自分。
何年も、何年も。ヒーリングの最中に、「いつまで甘えるつもり?」って
メッセージが下りてきたくらいには、長く。
だけど、それでも、ワタシは自分を変えられない。
自分を責め、ひとしきり号泣して、それも繰り返し繰り返し。
とうとうワタシは自分をあきらめることを学びました。
サレンダーというより、ギブアップです。
ワタシは、ワタシに期待することをあきめました。
ワタシは、期待に応えることをあきらめました。
ワタシは、良き自分という自分像をあきらめました。
ワタシは、自分を責めることをあきらめました。
あのときに、この反応を、選択せざるを得なかった自分を、
とりあえず受け入れることにしました。
可もなく不可もなく、そうなったか、と。
そしたらねえ、どうなったと思いますか。
慈しみの気持ちが、湧いてきたんです。
自分とか、周囲の環境とか、分け隔てなく、
いまここの全てに、あったかいエネルギーが放射されてきた。
自分を見放すのでなく、周囲を恨むでなく、
ただじんわりと、 それらを見つめる視線は、
とても優しいものでした。
本当にこれ、どういうからくりだと思いますか。
ワタシはただ、「もういいよ…」って、全て手放したたけだったんです。
実のところワタシは、
人生は、喜怒哀楽の感情を感じきり、もがき、わめき、大笑いし、
エゴの人間ドラマをやりきって死ぬ方がスキだ。
だってそのほうがロックですもの。
でももう片方では、「いやあそろそろいいんじゃない?そうとう感情的に生きてきたじゃん…」という声が聞こえてきたりもする。
ぶっちゃけ、楽です。ものすごく楽だった。平安すら感じた。
それで、今は、ギブアップの感覚が、からだの半分近くを満たすように
しています。
このままギブアップしたら、どうなるんでしょうか。
向上しない、成長しない、なににも貢献しない人生で終わっていくんでしょうか。
ただ安穏として、内なる平安に座するだけの。
それとも、それこそが宇宙への貢献になるのでしょうか。
最近のワタシはそういう境地です。
自分が自分の期待に応えないとき、どうしますか?
あきらめない?
人の言動で忌々しい反応をやめられない自分や、
今度こそ、正直に自分の思ったことを言うんだ、今度こそ、
ハートからずれたことを言って、その場をやりすごすことはしないんだ、
と決めた自分を見事に裏切った自分。
何年も、何年も。ヒーリングの最中に、「いつまで甘えるつもり?」って
メッセージが下りてきたくらいには、長く。
だけど、それでも、ワタシは自分を変えられない。
自分を責め、ひとしきり号泣して、それも繰り返し繰り返し。
とうとうワタシは自分をあきらめることを学びました。
サレンダーというより、ギブアップです。
ワタシは、ワタシに期待することをあきめました。
ワタシは、期待に応えることをあきらめました。
ワタシは、良き自分という自分像をあきらめました。
ワタシは、自分を責めることをあきらめました。
あのときに、この反応を、選択せざるを得なかった自分を、
とりあえず受け入れることにしました。
可もなく不可もなく、そうなったか、と。
そしたらねえ、どうなったと思いますか。
慈しみの気持ちが、湧いてきたんです。
自分とか、周囲の環境とか、分け隔てなく、
いまここの全てに、あったかいエネルギーが放射されてきた。
自分を見放すのでなく、周囲を恨むでなく、
ただじんわりと、 それらを見つめる視線は、
とても優しいものでした。
本当にこれ、どういうからくりだと思いますか。
ワタシはただ、「もういいよ…」って、全て手放したたけだったんです。
実のところワタシは、
人生は、喜怒哀楽の感情を感じきり、もがき、わめき、大笑いし、
エゴの人間ドラマをやりきって死ぬ方がスキだ。
だってそのほうがロックですもの。
でももう片方では、「いやあそろそろいいんじゃない?そうとう感情的に生きてきたじゃん…」という声が聞こえてきたりもする。
ぶっちゃけ、楽です。ものすごく楽だった。平安すら感じた。
それで、今は、ギブアップの感覚が、からだの半分近くを満たすように
しています。
このままギブアップしたら、どうなるんでしょうか。
向上しない、成長しない、なににも貢献しない人生で終わっていくんでしょうか。
ただ安穏として、内なる平安に座するだけの。
それとも、それこそが宇宙への貢献になるのでしょうか。
![]() |
| 我が家の至宝、愛犬フクちゃんの介護が、半ばを超えてきた感があります。看取りまでとわかっているので、今ある命がとても愛おしい。いまここにあるものをそのまま慈しむことを、彼女が教えてくれたのかもしれません。 |
2013年8月3日土曜日
Don't Be Nice
今日は、いい人である必要なし、というメッセージが重なった日でした。
私はいい人ではないが、いい人でありたいという観念がけっこう大きい。
MEの創始者Dr.リチャードの「Don’t Be Nice」ってことばを
いつも励みにしてるんだけど、超中途半端。
まがりなりにも、人の体を触るのに、ある程度人格なるものが備わっている方がいい気がしたし、スピリチュアルをはき違えていたので、こうあるべきとか、ああーこんなこと思うなんてアタシってクズだわ(泣)とか、
いつのまにか自分を窮屈なところへ押し込めていたのよね。
私のいい人観念なんて、ベース恐れだもの。
全然自由度低いし、制限でしかないのね。
私最近つかんだの。
ブレイクスルーの秘訣は、楽しんですること。ふんふんふ〜んって、軽やかに。ひゃっは〜って、バカみたいに。
もうひとつは、いい人をやめること。自分の気持ちに従うこと。
たぶんこの2つが奥義だわ〜〜。
私はいい人ではないが、いい人でありたいという観念がけっこう大きい。
MEの創始者Dr.リチャードの「Don’t Be Nice」ってことばを
いつも励みにしてるんだけど、超中途半端。
まがりなりにも、人の体を触るのに、ある程度人格なるものが備わっている方がいい気がしたし、スピリチュアルをはき違えていたので、こうあるべきとか、ああーこんなこと思うなんてアタシってクズだわ(泣)とか、
いつのまにか自分を窮屈なところへ押し込めていたのよね。
私のいい人観念なんて、ベース恐れだもの。
全然自由度低いし、制限でしかないのね。
私最近つかんだの。
ブレイクスルーの秘訣は、楽しんですること。ふんふんふ〜んって、軽やかに。ひゃっは〜って、バカみたいに。
もうひとつは、いい人をやめること。自分の気持ちに従うこと。
たぶんこの2つが奥義だわ〜〜。
![]() |
| ま、簡単じゃないですけどね |
2013年3月21日木曜日
ドラマにはまり込んでは残念である
IHキネシの「不要な誓いの解除」以降、自分が決めて来た、この星での生き方自体を調整する流れになってしまったことで、わたしの深いところが大荒れしていて実はフラフラです。
自分の中の根深い抵抗と、もう勘弁してくれと叫んでいる自分が、がっぷり四つに組んだ大取り組みですよ。行司の声も枯れようもんだ。
二度ほど、わけもわからずパニックのようになって、おーいおいおいと泣く事がありましたけれど、そういうときにカードをひくと、「静かにしてろ」「ドラマにはまり込むな」って感じでしたよね。
大事なことって、
どれだけスペースファンタジーな潜在意識のメッセージがあって、実際に現実の大きな方向性へ影響を与えて、仮にですよ、いるとしても、
それがメインの人生になっちゃいかんと思いますよね。スペースファタジーのドラマにはまり込んでは、ただのエスケープです。
心が大荒れするときは、とりあえずじっとしてることですよねえ。
大荒れ模様を見つめて、抵抗しないで、やりすごしておけば
必ず凪いでくると思う。
なんとか心にピントが戻って来たら、
足に、腹に、腕に、胸に、首に、頭に意識を巡らして、
目の前のことに集中する、終わったら、
また目の前のことに集中する…
肉体を大事にしてね、今を生きることでしか、もし答えがどこかにあるとしたら、そうやって人間を営むことでしか、 見つけることはできないんじゃないかと、今のわたしなんかは感じるわけです。
自分の中の根深い抵抗と、もう勘弁してくれと叫んでいる自分が、がっぷり四つに組んだ大取り組みですよ。行司の声も枯れようもんだ。
二度ほど、わけもわからずパニックのようになって、おーいおいおいと泣く事がありましたけれど、そういうときにカードをひくと、「静かにしてろ」「ドラマにはまり込むな」って感じでしたよね。
大事なことって、
どれだけスペースファンタジーな潜在意識のメッセージがあって、実際に現実の大きな方向性へ影響を与えて、仮にですよ、いるとしても、
それがメインの人生になっちゃいかんと思いますよね。スペースファタジーのドラマにはまり込んでは、ただのエスケープです。
心が大荒れするときは、とりあえずじっとしてることですよねえ。
大荒れ模様を見つめて、抵抗しないで、やりすごしておけば
必ず凪いでくると思う。
なんとか心にピントが戻って来たら、
足に、腹に、腕に、胸に、首に、頭に意識を巡らして、
目の前のことに集中する、終わったら、
また目の前のことに集中する…
肉体を大事にしてね、今を生きることでしか、もし答えがどこかにあるとしたら、そうやって人間を営むことでしか、 見つけることはできないんじゃないかと、今のわたしなんかは感じるわけです。
| 地球には、納豆がある! |
2013年1月21日月曜日
無心にそれをする
目の前のことに集中するゲームをしてます。
他のことを考えたりすることをやめて、
打ち込むんです。
ご飯食べるときは、ご飯に集中してみます。
面白いことに、目の前に座って一緒にご飯食べている両親が、
びっくりするような存在感でそこにいるんです。
うわー、居たのは知ってたけど、ほんとに居たんだ!?
って感じ。うまく言えないんだけど。
お風呂に入るときも、無心に入ってみる。
すると、お湯という物質の不思議さに心がときめきます。
手でお湯を勢い良くかいて、キレイなお湯のビーズを飛ばして遊びます。
多めに飛ばして大きなダイヤモンド、
もっと多めだと光るツララ、
あきないし、私小さい頃こうやって遊ぶの好きだったわ!と
思い出したりしました。
宇宙一可愛らしいワン子さまと散歩するときは、
これはもう一心不乱にワン子を見つめて歩いているので
(半笑いで)
これは大丈夫。
こうやってみると、
日常、いかに他のことに意識を飛ばして行動しているかわかります。
なかなか興味深い。
他のことを考えたりすることをやめて、
打ち込むんです。
ご飯食べるときは、ご飯に集中してみます。
面白いことに、目の前に座って一緒にご飯食べている両親が、
びっくりするような存在感でそこにいるんです。
うわー、居たのは知ってたけど、ほんとに居たんだ!?
って感じ。うまく言えないんだけど。
お風呂に入るときも、無心に入ってみる。
すると、お湯という物質の不思議さに心がときめきます。
手でお湯を勢い良くかいて、キレイなお湯のビーズを飛ばして遊びます。
多めに飛ばして大きなダイヤモンド、
もっと多めだと光るツララ、
あきないし、私小さい頃こうやって遊ぶの好きだったわ!と
思い出したりしました。
宇宙一可愛らしいワン子さまと散歩するときは、
これはもう一心不乱にワン子を見つめて歩いているので
(半笑いで)
これは大丈夫。
こうやってみると、
日常、いかに他のことに意識を飛ばして行動しているかわかります。
なかなか興味深い。
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