2013年8月28日水曜日

イリゼさんの関西個人セッション&WSのお知らせ☆

僭越ながら、イリゼさんの関西初個人セッション&ワークショップの
主催をさせていただくことになりました。

イリゼさんは、あれは何年頃だろう、西洋占星術をしてらした頃にブログを見つけて、
その文章があたたかくて真摯で、でもおもしろくって、ずっと読み続けていました。
映画の感想や評論も、とても面白い!
語彙力がゆたかなのですが、器用に使い回しているって感じでなく、
言葉をとても大切に使っておられるんですよね。
だから、読むこちら側も、丁寧に読んでいました。
今もそうです。

バースチャートのリーディングも受けましたから、随分長い間お世話になっています。
だから、彼女のライトワーカーとしての成長と変容を
彼女のブログから少しずつ、勝手にずっとシェアしていただいてきました。
とても印象的な記事があります。
イリゼさんが、自分メンテナンスとしてヒーリングを受けられた時、
ヒーラーさんがイリゼさんにメッセージを受け取られて、
「天使達が、よくぞここまでがんばってきてくれたねって言ってます」
というようなことを伝えてくださったそうです。
そのときイリゼさんは感極まって、涙をこぼされたそうです。

イリゼさん自身が、迷い、つまづき、一歩一歩自分の足でこの道を照らして歩いてきた。
だから彼女は、とても親身で、そう、対面で、「どうされました?」でなく、
横に座って話を聞いてくれる感じ、なんだなあ。

私にとってイリゼさんは、
西洋の昔の絵のように、一枚の布をドレスにして、
しっかり前を向いて、布のはだけるのも気にせず、
地面を踏みしめて歩いてくる 女性。強い決意と意思のやどる目、
彼女は、その手から天秤を手放した。

そんなイメージです。
尊敬する女性です。

そんな彼女の個人セッション&ワークショップはこんな内容です。
Blessing and Lights

会場もとってもすばらしい。
そのサロン自体はまだ移転してまもないそうですが、
常に光を下ろして場を作っていらっしゃいます。
とてもやさしく、それでいてクリア、クリーンな空間です。
ご縁をいただいて、感謝感激です!

私はヒーリングタッチの主催にひきつづき、
今回もトライさせていただいていますが、
しょっぱなからイリゼさんに御迷惑かけっぱな…ごほごほ。
ええっと、ちょっと頼りないかもしれませんが、
イリゼさん、ご縁あって集まってくださるみなさんが
すばらしい体験を共有できるよう、はりきっておりますので、
お問い合わせなどありましたら、お気軽にお声がけください!

お待ちしています☆☆☆

くんちゃんこと、葉子より

彼女がブログなどで使われる画像はいつもすてき

2013年8月26日月曜日

サレンダーでなく、

サレンダーでなく、ギブアップ

最近のワタシはそういう境地です。

自分が自分の期待に応えないとき、どうしますか?
あきらめない?
人の言動で忌々しい反応をやめられない自分や、
今度こそ、正直に自分の思ったことを言うんだ、今度こそ、
ハートからずれたことを言って、その場をやりすごすことはしないんだ、
と決めた自分を見事に裏切った自分。

何年も、何年も。ヒーリングの最中に、「いつまで甘えるつもり?」って
メッセージが下りてきたくらいには、長く。
だけど、それでも、ワタシは自分を変えられない。

自分を責め、ひとしきり号泣して、それも繰り返し繰り返し。

とうとうワタシは自分をあきらめることを学びました。
サレンダーというより、ギブアップです。

ワタシは、ワタシに期待することをあきめました。
ワタシは、期待に応えることをあきらめました。
ワタシは、良き自分という自分像をあきらめました。
ワタシは、自分を責めることをあきらめました。

あのときに、この反応を、選択せざるを得なかった自分を、
とりあえず受け入れることにしました。
可もなく不可もなく、そうなったか、と。

そしたらねえ、どうなったと思いますか。
慈しみの気持ちが、湧いてきたんです。
自分とか、周囲の環境とか、分け隔てなく、
いまここの全てに、あったかいエネルギーが放射されてきた。
自分を見放すのでなく、周囲を恨むでなく、
ただじんわりと、 それらを見つめる視線は、
とても優しいものでした。

本当にこれ、どういうからくりだと思いますか。
ワタシはただ、「もういいよ…」って、全て手放したたけだったんです。

実のところワタシは、
人生は、喜怒哀楽の感情を感じきり、もがき、わめき、大笑いし、
エゴの人間ドラマをやりきって死ぬ方がスキだ。
だってそのほうがロックですもの。
でももう片方では、「いやあそろそろいいんじゃない?そうとう感情的に生きてきたじゃん…」という声が聞こえてきたりもする。

ぶっちゃけ、楽です。ものすごく楽だった。平安すら感じた。
それで、今は、ギブアップの感覚が、からだの半分近くを満たすように
しています。

このままギブアップしたら、どうなるんでしょうか。
向上しない、成長しない、なににも貢献しない人生で終わっていくんでしょうか。
ただ安穏として、内なる平安に座するだけの。

それとも、それこそが宇宙への貢献になるのでしょうか。
我が家の至宝、愛犬フクちゃんの介護が、半ばを超えてきた感があります。看取りまでとわかっているので、今ある命がとても愛おしい。いまここにあるものをそのまま慈しむことを、彼女が教えてくれたのかもしれません。


2013年8月3日土曜日

Don't Be Nice

今日は、いい人である必要なし、というメッセージが重なった日でした。

私はいい人ではないが、いい人でありたいという観念がけっこう大きい。

MEの創始者Dr.リチャードの「Don’t Be Nice」ってことばを
いつも励みにしてるんだけど、超中途半端。
まがりなりにも、人の体を触るのに、ある程度人格なるものが備わっている方がいい気がしたし、スピリチュアルをはき違えていたので、こうあるべきとか、ああーこんなこと思うなんてアタシってクズだわ(泣)とか、
いつのまにか自分を窮屈なところへ押し込めていたのよね。
私のいい人観念なんて、ベース恐れだもの。
全然自由度低いし、制限でしかないのね。
私最近つかんだの。
ブレイクスルーの秘訣は、楽しんですること。ふんふんふ〜んって、軽やかに。ひゃっは〜って、バカみたいに。
もうひとつは、いい人をやめること。自分の気持ちに従うこと。
たぶんこの2つが奥義だわ〜〜。

ま、簡単じゃないですけどね

2013年7月6日土曜日

プレゼンシングソマティクスワークショップin京都

今回、全く初耳だったこのボディワークのワークショップに参加してきました。

一応ボディワークに片足突っ込んでいるから、そこそこいろんなボディワークの名前くらいは知っていると思っていたけど、これは本当に初耳だった…存在知りませんでした。

なぜ興味を引かれたかというと、
普通腰が痛い膝が痛いって人が来たら、
痛みを取り除くように施術するものだよね?

PSは痛みを取り除くワークというより、
痛みそのものに意識をフォーカスしていくことによって、痛みは形を変え、意識が変容していく。それを促すワークであり、結果痛みがなくなるかもしれないよね、ということだったから。

ええ〜なにそれ!ですよ。

つまりは私が普段している施術と、真逆の考え方をしていると。
私はいつも痛みをとり除こうとしていたし、クライアントが痛みから気をそらしてリラックスしてくれると、施術しやすいもんだから、それを喜んでいたけれど、全く反対!

痛みは取り除くものではなく、敢えて、痛みの中に入っていっていくんです。
どんな痛みですか?どんな感じがする?言語化するならどう表現するかな?
そうして、そこに呼吸をいれていく。

マインドは、過去と未来に生きている。
でもからだは、今だけに生きている。
その乖離が、あなたをつらくしている。

痛みに集中している時だけは、今この瞬間に生きている。
そしてふと、より深い自分への認識に至り、意識が変わるという。
痛みをとることは目的ではなく、もし痛みが戻ってくるなら、
その都度、「痛みをプレゼンスする」、何度でも。
(最終的に痛みがなくなっていくことが多いとのこと。しかしあくまで最終目的ですらない)

あと、もちろんクライアントがプレゼンスするのを促すのが施術者の役目なんだけど、
施術者も、当然プレゼンスしている必要があると。そこも、私がWSに参加を決めた理由のひとつ。
「今ここ」に自分自身があるときって、ものすごく感覚が開くんだな。
施術時にそういう状態でいると、施術効果がどうとかいうより、
それがすごく重要なことだってわかる… うまく言えないけど。本当に大事なんだ!ってことだけは、それが確かだとわかるのよ!

でもいつもそういうふうにあれるわけじゃないから…
あれこれアタマでお客さんのからだを分析したり、
施術を組み立てたり、あれー?とかって考えたり…

今の瞬間に戻る実践的な方法を聞きたかったんだよね。

参加してとってもよかった!
ジャック・ブラックバーンおじさんもとても素敵な方で、
英語が出来ればもっと直接お話するのに〜〜〜!と、一年で数回訪れる「英語やらねば」病にまた火がつきそうです…。やっぱさあ、会話くらいできんとなあ…もったいない。。

私メモ。アトランダムに

1.痛みの経験の中に入る、内側で痛みを感じる→今の瞬間に居る
2.痛みは問題ではない。問題は恐れだ。
3.施術者は痛みへの付添人and自分がプレゼンスしていること→だんだん相手のからだになにが起こっているのかわかるように
4.全く痛みのない状態それこそ問題(アイダロルフ)
5.痛み=経験、人生、my story しばしば人は痛みを守ろうとする
6.痛みを受容する、痛みにyesと言ったとき痛みが変容していく
7.感覚意識をワークする
8.タッチは双方向。タッチしている人は相手のからだにタッチされている
9.からだに触れながらマインドに働きかける
10.マインドは過去に、からだは今にいる
11.しばしばintakeは、自分の歴史の話になる、自分は何者かという
12.今にいることと恐れは一緒に存在しない
13. 相手のリズムをつかむこと
14.(癒しの言葉、あるいは痛みの意味付けなど)言葉は、からだを感じることから生まれた、クライアントからくるものでなくてはいけない

最近は、痛みを意味付けしたり、カウンセリングのようにクライアントを導いたりすることがスキじゃなくって。
例えば、左膝の痛みは女性性に関わりますよとか、過去に関わりますよとか、そういったことをクライアントに伝えたり、ふくらはぎのなんとかがどうとか、足裏のなんとかがどうとか…まあこれまで私がお客さんに言ってきたようなこと…(笑)
私が伝えるのは違うよな〜って思ってたんです。

だから、受け手が、自分で気付いて、(意味付けなんかじゃなくていいから)私、こういう痛みを持ってたのね、って思える状態になれるよう一緒に居るっていうところが、
もうとってもとっても、私のツボなのでした。


ジャックおじさんは、私の普段の施術にPSを取り入れる方法も教えてくれました。
いっぱいメイクマニーしてね!だって(笑)
本当に勉強になりました。ジャックさんありがとう〜〜!

主催者さんの紹介ページ

トリリアム インスティテュート ジャパン

2013年6月25日火曜日

ヒーリングタッチレベル1を主催してしまいました。そして燃え尽きていた。

2013年5月25日と26日、ヒーリングタッチという看護師生まれのエネルギーワークのワークショップを、京都で開催すべく、主催に名乗りを上げてしまいました。

名乗りを上げたのは前年の秋頃だったのかな?
2011年にレベル1のワークショップに参加して感激し、
主催の「ヒーリングタッチ東京」さんに、
「京都来てくださいよ〜手伝いますよ〜〜〜〜」と軽口をたたいていたのを
現実のものとしてしまったのです。

ワタシがヒーリングタッチとどう関わり、どうして主催をするようになったかの詳細は
こちらに譲るとして、→ヒーリングタッチと出会った吉田のケース(ブログ:「ヒーリングタッチセミナーを京都で!」)

だいたい、ヒーリングタッチってご存知ですか??
知らない方が多いと思う。まだまだ認知度もそう高くないのですよね。
(でも、さすが看護師由来のワークなだけあって、主催するにあたって
看護士さんふたりに声をかけたら、ふたりともご存知でした。)

あ、ヒーリングタッチに興味を持ったかたがいらしたら、
ぜひこちらのサイトをごらんください☆
ヒーリングタッチセミナーを京都で!
→ワタシが主催した京都開催準備ブログ。なかなかいい情報ですよん☆

ヒーリングタッチ東京
→ワタシが尊敬するヒーリングタッチ東京のお二人が運営するウェブサイト。
京都でのWSも、すべてHT東京さんの援助のもとで行いました。
忍耐づよく、誠実に、愛をもって活動している姿に感銘を受けました。

ヒーリングタッチインターナショナル(英語)
→ヒーリングタッチはアメリカの看護師、故ジャネット・メンゲンさんによって
体系づけられたエネルギーワークです。日本でのWSも、この本部より講師をお招きして行います。

ワタシ、ほんとにアホなんで、今回主催として参加して、
本当にこのワークはすごいな…!!と感激したもんです。
前回も感激したには違いないんですが、段違いによかったですね…。
というかね、実はね、前回は、ヒーリングタッチ東京のお二人と、講師のサラさんに感激してたんですよね。。
こんな素敵な人たちのやってることを、もっとみんな参加したらいいのにって
そんな動機でいいのかな…と思った時期もあったのですが、まあなんせアホなんでね。

参加してくれた皆さんがとても協力的で、真剣で、みんな楽しそうだったな…
ひとりひとり強い印象を持っています。
ああ今思い出しても涙が…実際ワタシおいおいと泣いてばかりで(笑)
だってもう感激して(それしか言えない語彙力)

そして、気付くと腑抜けのようになっていました(笑)
ワタシはね、気が弱いタイプなので、本当は主催などするようなタイプじゃないんですよ…!だから、終わってみたら、完全に脱力しておりました。
ぶっちゃけ、もっとやりようがあるだろうと自分に対する失望と戦う毎日でした。
また、興行的にも赤字でした。
赤字自体は重要なことでは本来ないんですが、
弱虫な自分が、WSを黒字にすることと自分の成長を重ねて行動してたのです。
赤字だったことと、あの素晴らしい体験は矛盾しており、
どう自己評価すればいいのかわからず、左脳的な学びが得られず
(WS自体は素晴らしい体験の場となったにも関わらず、それについて自己評価してあげられない)
なぜかこれまでしていたキネシオロジーの練習会のオーガナイズも
できなくなっていました。
ヒーリングタッチの練習会もしようしようと思いながらも、
どうしても腰を上げることができない。

ある日ふと気がついた。
完全に燃え尽きてたんですな。

あ、そっか、燃え尽きてたんだ。
じゃあ、完全燃焼だ。よくやったじゃん、あたし!

いまふと思ったんだけど、
ワタシは、誠実にやったよ。要領はイマイチだけど、それだけは見ていたよ。

よく思い出すのは、

WSが終わってから、通訳をしてくださっていたヒーリングタッチ東京の真木さんと、ヘルプに入ってくださっていたアロマセラピストの国枝さんが、
「ヒーリングタッチの素晴らしいところは、実用性や教育がしっかりしていることももちろんだが、とにかく、その美しさにある。これほど美しいヒーリングワークはそう存在しない」とおっしゃってたこと。

チャクラスプレッドって施術があるんですよ、チャクラを整える施術なんですけどね。
あれ、やると泣く人が結構います。どちらかというと、受け手じゃなくて、施術している方が、または、その施術を見ている人が、思わず、感激してね、泣いちゃうんです。
ワタシも、そうでした。施術させてもらっているときに、受け手の存在のあまりの美しさに、感謝の気持ちがこみ上げてきて、感極まってしまったんですよね。


そうそう、ヒーリングタッチのセミナー当日に、セミナー会場に飾ろうと思って 、
朝あわてて庭からお花をもぎとって行ったんです。
それを輪にしつらえた椅子の真ん中に、2日間置いていたんですけれど、
WSが終わってから数日後、あらためてそのお花のことを調べたんです。
ウツギの仲間なんですけど、調べたら、洋名ベルエトワールっていって
「美しい星」って意味らしい。

ヒーリングタッチは、地球のヒーリングだと思うのです。
だからあんなに美しいのだ!
美しい星という名前の花


2013年3月30日土曜日

医業類似行為つまり療術行為のこれからにちょっと思いを馳せた件

今朝(3/24)朝日新聞朝刊の一面見出しは「腰痛2800万人」。

え?これが一面の記事なの?確か前にも似たような記事を読んでる気がするんだけど…。
調べてみたら、去年からちょこちょこ出てる記事だった。
腰痛って、すぐにでも手術が必要な、重篤な脊椎疾患以外8割は原因がわからない。ワタシが店をしていたときに「腰が痛くて」と言ってる人はほとんどがストレス性だったと思う。

記事は要するに、日本整形外科学会と日本腰痛学会が、一般的な治療の指針を出していますよ、参考にしてください、という内容。
どの程度続く痛みで、どれくらい痛ければ、どういう対処が推奨されるか、というもの。
強く推奨されるものに、抗炎症薬や鎮痛剤、抗不安薬抗うつ薬が挙げられていて少し考えてしまうけれど、腰を始め、人が動くのに必要不可欠な動きをする膝、肩などに耐えかねる痛みが続くと、人のQOLは著しく落ちちゃうから対症療法としてはしょうがないかと思う。

この記事で気になるのは、マッサージ、腰の牽引は効果にはっきりした根拠がなく、推奨しない、ということだった。腰の牽引はそう思うけど、マッサージ、とは、どういった括りのマッサージを言ってるだろうか。法律が指定する、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師 、の、マッサージ師が行うマッサージのことだろうか。それとも、柔道整復師を含んでいるのか、またあるいは、ワタシのやるような手技療法(経絡押し圧)を含めているのか。

というのもさ、
昨日、友人が引っ越し先の新しい町で保険証を受け取ったのを見せてもらっていたら、
保険証と一緒に、「柔道整復師の施術を受けるとき」というパンフレットが入ってた。
勘違いしている人も多いかもしれないけれど、接骨院、整骨院では、どんな治療も保険対象になるわけじゃない。意外に知られていないけれど、使えるのは、ねんざ、打撲、肉離れ、骨折や脱臼の応急手当て、くらいのもの。たぶん、五十肩四十肩とかでも、本当は保険下りない。たいていのものは、お医者さんの同意書が必要らしい。
でも、患者に代わって療養費を請求する「受領委任」が柔道整復師には認められていて、まあ例えば激しい肩こりで整骨院に行った人で、保険下りませんよと言われた人はいないよね、という現状。逆に、ねんざ、打撲、肉離れだけて食っていける整骨院ないだろう…。

というわけで、いわゆるグレーなゾーンで行われるアレな請求が、全国でいったいどれだけになるのか、誰か試算できる人はいるんだろうか…たぶん結構な金額になるんじゃないかと想像してみる。すると、この緊迫財政の今日、介護保険制度にすらメスが入る現状で、そろそろこっちの方ももめるんじゃないかと思う。すでにH20年にはそういう議論が出て、柔整側は断固戦う体勢とか。

去年からちょろちょろ目にするようになった腰痛治療の指針や、このようなパンフレットを見ると、国がじわじわこのグレーゾーンに手を入れ始めていると思っていいように感じるのは、ワタシの早計だろうか?

なんでこんなことが気になるのかと言えば、まあワタシら民間の療術師は、国家資格を持った人らから何かと「あんな人たちの施術を受けてはいけない」と思われているんである。実際、1週間研修を受けたくらいでクライアントの体に触れ始めるお店、個人もいて、クライアントに怪我をさせたり、トラブルを起こしたりする例が多いようで、長い期間にわたりプロとして訓練を受けて来た彼らにとっては許しがたいことだろうと思う。

ただ、無届け、類似行為に関わる法律や行政規則はなかなかハッキリしていなくて、彼らの施術と類似した行為を生業とすることは、「人の健康に害を及ぼすおそれのあるもの」として個々に判断された場合をのぞき、実際問題OKになってしまっているし、
看板掲示に関しても、医師法、医療法に反しない限り自由、なんてことになっている。 (もちろん、あん摩とかマッサージとか、指圧、なんて言葉は使ってはいけない。)

もしこれから柔道整復の世界で「受領委任」が原則ダメになったら、彼らは民間の療術者が医療類似行為を行うのを止めに、つまり関係法規の見直しをするよう動いて行くだろう、なんて思うのはこれまたワタシのうがった見方かしら。

この10年くらいの「癒し産業」の興隆で、雨後のタケノコみたいに「ボディケア」の店が建ち並ぶようになった。ワタシもそのひとりだけれど、柔道整復の人たちが、余りに自由度の高い保険請求ができなくなったとき、民間の類似行為者も、時代の変化に対応しなければいけなくなるなと思う。

反面、「いいえ、わたしどもがやっているのは、リラクゼーションです」という鉄板が、どこまで通用するのか、そのしぶとさも見てみたい。

うーんどうでもいいこと書いた気がするわ…

2013年3月21日木曜日

ドラマにはまり込んでは残念である

IHキネシの「不要な誓いの解除」以降、自分が決めて来た、この星での生き方自体を調整する流れになってしまったことで、わたしの深いところが大荒れしていて実はフラフラです。
自分の中の根深い抵抗と、もう勘弁してくれと叫んでいる自分が、がっぷり四つに組んだ大取り組みですよ。行司の声も枯れようもんだ。

二度ほど、わけもわからずパニックのようになって、おーいおいおいと泣く事がありましたけれど、そういうときにカードをひくと、「静かにしてろ」「ドラマにはまり込むな」って感じでしたよね。

大事なことって、
どれだけスペースファンタジーな潜在意識のメッセージがあって、実際に現実の大きな方向性へ影響を与えて、仮にですよ、いるとしても、
それがメインの人生になっちゃいかんと思いますよね。スペースファタジーのドラマにはまり込んでは、ただのエスケープです。

心が大荒れするときは、とりあえずじっとしてることですよねえ。
大荒れ模様を見つめて、抵抗しないで、やりすごしておけば
必ず凪いでくると思う。

なんとか心にピントが戻って来たら、
足に、腹に、腕に、胸に、首に、頭に意識を巡らして、
目の前のことに集中する、終わったら、
また目の前のことに集中する…

肉体を大事にしてね、今を生きることでしか、もし答えがどこかにあるとしたら、そうやって人間を営むことでしか、 見つけることはできないんじゃないかと、今のわたしなんかは感じるわけです。

地球には、納豆がある!